2012年6月29日金曜日

夜勤

今年ぼくは夜勤の仕事をした
食品工場で夜勤専門のパート社員だ
夜勤という仕事に大きな魅力を感じた
働くのは人が寝ている時間だ
それだけ人に会う確率も減る
煩わしい人間関係で苦労しないで済むと思っていた
夜勤は精神を病むといわれるがぼくは既に病んでいたりするから問題ない
ぼくは暗闇が好きなのだ暗闇に紛れて通勤して働くなんて最高だ
夜型人間のぼくには昼間働くよりも夜中に働いた方が体に合っているとも思った
パート社員の面接に受かって入社が決まった時はとても嬉しかった
しかし僅か2ヵ月で辞めてしまった

逃げるように辞めた理由は精神を病んだ人たちと働くことが辛かったからだ
ぼくが言うのもアレだが工場の夜勤パート社員は本当に変人が多くて辟易とした
ベテランのパート社員は傲慢で卑屈だった
工場に巣食う悪魔みたいなものだった
また夜勤専門の人は通勤の便を考えて近所から通っている地元民が多い
工場はいわば自分の庭だ
自分の庭に侵入者がいれば誰でも嫌なのか珍しいのかギャーギャーと騒ぎ出す
ぼくは最初から不審人物や異物として見られたと思う
彼らの会話を聞いていると9割は他人の悪口だった
自分も陰で言われているのだろうなと察しが付いた
ぼくは仕事どころではなかった
常に監視されているような視線やうわさ話に苦しんだ
そして何よりも夜の工場特有の閉塞感に耐えきれなかった
あの濁って滞った空気みたいなものは経験したものでしかわからない
時間の進みが遅い異常な空間だった
憂鬱な気分になり何事にもネガティブになってしまう
日ごと体に力が入らなくなり気が付けば辞めていた

面接を行う総務室や待合室は明るくきれいだ
今日は工場のほうは休みなのかな?と勘違いしてしまうほど静かでのんびりしている
工場内特有の閉塞感や喧騒や人の熱気が感じられないから仕事のイメージが掴めない
そして日勤と夜勤では工場内の雰囲気が同じ工場とは思えないほど一変する
ぼくは今
工場勤務をする場合は入社前の工場見学が必要だなと痛切に感じている
特に夜勤で働く場合は絶対に必要だと思う
働く夜中に無理を言ってでも工場見学をさせてもらうべきだ
派遣会社によってはこの工場見学をするところもある
(本当は工場見学という名の派遣先企業側による面接なのだが)
パート社員やアルバイトにはこうしたクッションが無い場合が多い
人手不足の工場は最悪だ
いきなり現場に投入されて誰からも相手にされない
3日も働けば酷いブラック会社だと気づかされる
しかし生活がかかっているから底なし沼のように簡単には抜け出せなくなる

仕事内容を見学してもあまり意味が無いと思う
むしろ現場の臭いと騒音と床の汚れを知るだけでも仕事のきつさがわかる
ぼくの経験だと係長やリーダークラスの人をじっくり観察してみると何か感じ取れることが多いと思う

2012年6月27日水曜日

セレモニー恐怖症


お金のことで両親と話し合う
いつも最後は口げんかで終わるパターンの家族会議だ
生活が苦しい
ぼくがひきこもってばかりで収入が少ないこと
両親がもらっている年金が国民年金の基礎年金だけということが
ぼくたちの生活を苦しくしている
生活保護制度の最低生活費用に届かないぶんだけでも支給してもらえないかと
役所の福祉課に相談してみてはどうかと母を説得したが
「近所や兄弟に知られては困る」と言って嫌がっている
頑固で不器用で見栄っぱり
さすがぼくの親だ
ぼくと同じで現状を把握しようとしない

くだらない話をひとつ

両親にはできるだけ長生きしてほしいと思っている
両親が好きなこともあるが
父と母の葬儀には誰も弔問に来なくなるくらいに長生きしてほしいのだ
困ったことにぼくの両親は親戚縁者がたくさんいる上に人づきあいが多いのだ
みんなの手前大きな葬儀になることは避けられない
ぼくは長男だから親の葬儀をとり仕切らなければならない
御通夜では弔問客ひとりひとりに挨拶をしたり
葬式では遺族代表として大勢の客の前でスピーチをしたり
想像しただけで身の毛のよだつイベントが待っている
ぼくが未婚でちゃんと定職に就いていないことも頭を悩ませる理由だ
嫁がいないというのは親戚たちの手前かなりヤバイ状況に追い込まれるだろう
親の葬儀では嫁の力が大きいものだ
嫁ももらえない出来損ない・・・
ぼくはひとりであたふたしてみんなから白い眼で見られるだろう
ぼく関係の花輪は無いし
ぼく関係の弔問客が誰も来ないことも恥ずかしい
存在を消そうと人づきあいから散々逃げ回ってきた罰なのだろう
あと20年も両親に長生きしてもらえれば
ふたりの兄弟も親戚も友達も知合いもバタバタと先に逝ってくれる
ぼくが望む誰も来ない静かで短い葬儀になってくれるだろう
そのまえにぼくが先に逝ってしまうかな
親の死に目にまで人の目を気にするとは最高にくだらない話だ
でもぼくは真剣に悩んでいたりする
それとぼくの葬儀は惨めなものになるがそれはぼくには関係ないことだ
幸い死んでいるから

最近始めた仕事を続けて給料が入って生活が落ち着いてきたら
旅行は無理だけれど両親を外食に連れて行きたい
昔のようにお金はぼくが出そう
あの充実感をもういちど

2012年6月25日月曜日

ひきこもりは甘えか?


職場で若く明るい正社員を見てはうらやましく感じる
性格に表裏がなく明るい人だ
なんでも上司や先輩に相談できるし雑談もするしバカにもなれる
だから仕事でミスをして上司に怒られてもあまり気にはしない
その人が生まれ持った人徳かもしれない
コミュ力が高い人は他人に甘えるのがとても上手い
甘え上手な人は世渡り上手だ
社会や人に甘えている人のほうが異性にモテるし出世もできる
ああいう人は誰とでもうまくいくしどの会社に入ってもやっていけるだろう
会社に甘えることができるのは20代の特権だ
若い時にぼくは若さを活かせなかった
ただ上司や年輩者の目におびえ怒られないようにいつも気にして
誰にも心を開かずただひたすらに仕事にだけ向かおうとした
仕事にミスがあれば震えいつまでも気にしていた
上司や先輩と談笑したことが一度も無かった
40過ぎてわかった
そんな若い社員は可愛くないのだ
気づくのが遅すぎた
40過ぎたら甘えは無能とみなされるからもうぼくは終わっている

「ひきこもりは甘えだ」と言う人がいる
社会や人に甘えていると言う
この意見は正しくないと思う
社会や人に甘えるのが下手だから疎外されてひきこもりになるのだ
誰にも甘えかたを知らないから孤立してひきこもりになるのだ
本当に社会や人に甘えている人は無意識のうちに幸せになれるものだ

また「ひきこもりは自分に甘えている」と言う人がいる
この意見も正しくないと思う
そもそも自分に甘えているの「自分」というのは誰のことなのか
ひきこもりがひきこもりに甘えているなんて変な話だ
自分の存在意味さえわからない人に自分に甘える心などあるわけがない
ぼくがそうだった
ひきこもりをしている間ぼくは真剣に自己のことを考える心を失っていた
見識が狭くなっているひきこもりにどれだけの認識力と行動力があるというのだろうか
与えられている場所が自分の部屋だけならそこに居つくしか術を知らないだけだ


長くひきこもっている間に頭痛持ちになってしまった
ぼくはいろいろ訳わからないことを考えすぎている
薬が無くなりそうだ明日買いに行こうと思う



2012年6月23日土曜日

鬱とタバコ


仕事を始めてから吸うタバコの本数が減った
ぼくはヘビースモーカーだ
タバコは高校時代におぼえた
どうしてもこれだけはやめられない
タバコをやめた自分の姿を想像できないのだ
ぼくは自宅にひきこもるとタバコを買うためだけに外出する
ただそれだけのことなのに酷く緊張する
近所の人に会ったらどうしようなんて

ひきこもりの人は喫煙者が多いと思う
ぼくにはひきこもりの知人が4人いた
鬱とタバコの因果関係はぼくにはわからないが4人ともヘビースモーカーで鬱病だった
細かく言えば鬱病の人は自宅療養だからひきこもりとは言わない
風邪をひいた人だって治らなければ自宅でゆっくり休養する
鬱病の人には治れば社会復帰できるという希望の光がある
ぼくには無いけれど

でも鬱病というのは不思議な病気だ
鬱病は心の風邪と言われるが風邪の様には簡単に治らない
4人の知人は通院しながら長期間自宅療養していた
過去形なのは
知人のひとりは数年前に奥さんが買い物に出かけた隙に自ら命を絶ったからだ
50代 ひきこもり生活は15年以上だったと奥さんから聞いた
「たまには散歩でもしてみたら?」
奥さんのこの言葉が引きがねになってしまったと彼女はとても悔やんでいた
ぼくも悔しかった

知人のひとりはぼくが自営業をしていたころの取引先の営業社員だ
上司からのパワハラ
不景気で将来への不安のため鬱病になり長い間自宅療養をしていた
高校生と中学生の子供がいる人だからぼくはずっと気にかけていた
ぼくと同じ40代だ
ぼくが気を使わずに会話できた数少ない人でもある
なんとか快復してほしいとぼくは願った
今日鬱病が治って職場復帰したことを知りぼくは嬉しかった
子会社の楽な部署に配置転換してもらったという
そして大好きだったタバコをやめたとも言っていた
本当に良かった

ひきこもり生活者にもいろいろな人生がある
ぼくに似た人たちはぼくと同じ星に生まれたのだろう
同じ運命同じ重荷を背負っている
彼らの人生は励みや教訓になる
おまえも社会復帰がんばれよという無言のエールだと思いたい
今タバコを吸いながらこれを書いている
また値段が上がる前に禁煙治療でも受けてみようか


2012年6月22日金曜日

やる気あるのに


仕事にやる気はあるのだがやる気があるように他人からは見られない
ぼくは覇気が無くおとなしい
それに他人と目を合わそうとしない
自分から話そうとしない
だから上司へのうけが非常に悪い
社員ならいざ知らず元気が売りなパート社員だし歳も歳だ
ぼくは上司から扱いにくい奴だと思われているに違いない
何よりもぼくはノロマで仕事を憶えるのが遅いのだ
みんなに迷惑をかけていると思いさらに内気になる
やる気があるように見せるのはとても難しい
ぼくはきっとパート社員からアルバイトに格下げになる

でも今度の仕事は簡単に辞めるわけにはいかない
お金が無いのだ
今ぼくが仕事を辞めて収入が無くなればたいへんなことになる
最悪70を過ぎた両親を連れてどうにかしなければならなくなる
ぼくは這ってでも仕事を続けなければならない
ぼくがブログを始めた理由は自分を見失わないためだ
ぼくはこれまで仕事が嫌になれば何も考えずにあっさりと辞めてきた
数か月ひきこもりお金に困ったころに再び仕事を探しを始める
ずっとこれのくりかえしだった
これではいけないと思いブログを始めてみた
ブログを書くことで自分が今何を考えているか自己認識できる
自分が現在置かれているポジションを理解していられる
ブログはぼくが仕事から逃げずに持ちこたえていられる楔(くさび)みたいなものだ
大学時代に毎日日記を書こうとチャレンジしてみたが長くは続かなかった
何もかもが空虚に思えて新しいことは何もしたくは無かったからだ
ネットもブログもある今の大学生がうらやましい
自分が書いたものを読んでくれる人がいるというのは本当に心強いものだ

今のぼくには打開策は無いと思う
長く仕事を続けていくしかない
ぼくが仕事に慣れていくように工場の人にはこんなぼくに慣れていってもらうほかはない
少しずつ絡んだ紐を解いていくように

2012年6月21日木曜日

女性について


工場では女を避けて働いている
なにせ若い女性パート社員に対してどのような表情を作って会話すればいいのかもわからない
視線を合わせずに黙々と仕事をしているだけで嫌なジジイだと思われるようになってしまったようだ
ぼくはこんなだから結婚はあきらめてはいるが女性は好きだ
女性にはぼくの心の闇を覗かれたくない
女性にはぼくの異常な性格に気づいて欲しくない
ぼくが目を合わさず口も利かずに避け続けているのはそのためだ
女性と意識しているから傍から逃げるのだ
ぼくの永遠に理解されることが無いゆがんだ愛情表現だ

ぼくは中学生時代にいろいろなイジメを受けた
今でも忘れられないイジメがある
教室の掃除のとき掃除当番が全員の机を端に移動してから掃除をする
掃除が終わったらまた机を元の位置に戻す
女子生徒だけが掃除当番の日があった
ぼくの机に誰も触りたがらなかった
ぼくの机は汚物のように扱われ放置された
最後にはぼくの机は横倒しにされ教室の隅にぽつんと置かれた
照れ笑いを浮かべながら自分で自分の机を元に戻す時の気持ち・・・
彼女たちに笑顔は無かった
あの蔑んだ目が忘れられない
笑顔をくれれば道化者にもなれただろう
しかし彼女たちは本当にぼくを汚物だと思っていた
女子から受けたイジメは初めてだったからインパクトが強すぎた
ぼくが女子から嫌われていると確信を持てた事件だ
イジメを受けるまでのぼくは他人がぼくをどのように思っているかなんて気にしない朗らかで活発な少年だった
環境が人を育てる
他にもいろいろなイジメがあってぼくは他人の視線や心を酷く気にするようになってしまった

高校大学社会人になってもぼくは女性から蔑まれているように感じている
ただ話しかけただけなのに笑われたりした
2人で一緒にいると初対面の女性はぼくのほうだけ見てくれなかった
ぼくと話をする女性の顔を見るといつも目が死んでいた
ぼくはきっとどうでもいい存在なのだろう
人生で1度も女性から異性として見られたことが無いと思う

被害者アピールはほどほどにしよう
愚痴ばかりで日記になっていない
今となれば笑える話だとぼくはもう達観している
アイドルはいい
何も言ってこないし何も気に障ることがない
c-uteの中島早貴ちゃんはぼくの机を動かしてくれるだろうか
ナッキーは優しいからきっと動かしてくれるよね(キモい)


2012年6月20日水曜日

ミステリで現実逃避


朝気分がすぐれなかったので台風のせいにして仕事をサボろうと思ったが
スッキリと晴れてしまったので嫌々出勤した
午前中は気が重かった
でも午後は今まで会話をしたことが無かった同僚たちと話すことができた
ぼくは心が軽くなった
今日は何気にいい日だった気がする
今度の仕事は無理をするつもりはない
ぼくは細く長く続けていきたいと思う
今のぼくに大事なことは簡単に辞めないことだ
気分がすぐれなかったら休むし残業だってキッパリと断わろうと思う

ぼくはミステリ小説を好んで読む
社会復帰しようと会社や工場に勤め始めると読みたくなる
仕事から帰ってくると夜遅くまで読んでいる
ぼくのささやかな現実逃避だ
休日は貪るように1日中読みふけっている
ミステリの読書はいい
1,000円にも満たない安い値段でぼくを別世界に連れて行ってくれる

ぼくはひきこもっている時は布団に潜ってひたすら寝ているだけで読書はしない
いろいろと不安で気が落ち着かないので本を読んでも内容が頭に入ってこないのだ
ぼくにとって読書は心の健康のバロメーターになっている

若い頃に仕事の合間に読もうと買ったものが多い
1990年代ひきこもり大学生から脱出して勤めだした頃だ
ぼくはこれといった趣味も人づきあいもなかったからミステリ小説に給料を注ぎこんだ
雑食動物のように傑作と評判の古典やハードボイルドや新本格派
海外サイコサスペンスや女流作家の話題のベストセラー小説まで何でも買い漁った
エラリイ・クイーン アガサ・クリスティー ロス・マクドナルド エド・マクベイン 
ディック・フランシス コリン・デクスター ルース・レンデル 島田荘司 岡嶋二人 
東野圭吾 綾辻行人 北村薫 宮部みゆき 京極夏彦 などなど
飯田橋のミステリ小説専門店や神田の古本屋巡りをした当時が懐かしい
その後ひきこもり生活が長く続いたために手つかずのミステリ小説が自宅にたくさんある
自営業をしていた頃はあまりにいそがしくて買っても読む暇がなかった
本棚や押入れにいっぱいまだ200冊くらい読んでいないのがある
ぼくの東野圭吾と言えば「眠りの森」だ明らかに時代において行かれている
今後仕事を続けていくことができれば全冊読み終わることができるだろう
全冊読み終えることを目標にしてみようか
今さら高村薫の「マークスの山」とかトマス・ハリスの「ハンニバル」を読みたいとは思わないけど




2012年6月19日火曜日

VSコミュ障


酷い大雨の中を会社から帰宅
自動車通勤なのにずぶ濡れだ
ひきこもり生活から脱出しようとして
ぼくはまた仕事にチャレンジしている
濃厚な人間関係に耐えられないぼくには正社員として働くことは無理だ
きっと最初の歓迎会や社員研修で逃げたしてしまうだろう
だからといってアルバイトでは時給が安すぎて生活できない
ぼくが探した仕事はパート社員や期間契約社員だ
いれば役に立つ程度の手駒になろうと割り切った
中高年がパートとして働けて給料がいい仕事を探すと工場勤務になる

視線恐怖と対人恐怖
工場でのぼくはいつものように人間関係で苦しんでいる
雑談的な会話ができないから休憩時間が苦痛だ
嫌われないように言葉を選んで話すから会話がまったく盛り上がらない
3日くらいで話す話題が無くなり話してくれていた人と話せなくなってしまった
まったく成長していないあいかわらずの自分だ

今の工場にはぼくによく似た人が多くいる
嫌われているのかまったくぼくに話しかけてくれない
こちらから話しかけてもすぐに会話が途切れてしまう
気まずい
ぼくに対してだけのようで他の人とは明るく談笑していた
ぼくはショックを受ける
ぼくもそうだが彼らもコミュニケーションに難がある人たちなのだと思いたい
人見知りや軽い対人恐怖症を持っている人たちなのだろう
長くひとつの職場に居続ければ人間関係に慣れて人見知りはしなくなる
こういう人たちは新人をなかなか受入れてくれない
そして他人への思いやりを表に出すのが苦手だ
だからぼくも嫌われているなと悩んでしまい関係は悪化する
閉鎖的な職場なので礼儀やマナーを教わってこなかった人もいる
人との接し方がよくわかっていないようだ
自分勝手で粗野で気まぐれな人だ
こいつとは気が合わないと思われたらまったく会話してくれなくなる
辛くて辞めたくなる

ぼくと同じ様な心を持っていても理解しあうことは難しい
ぼくと同じ様な人はみんな自分だけが大切だから

コミュニケーションに難がある人たちはぼくに近い人たちだ
彼らの過去はぼくと同じだったはずなのに
ぼくの社会復帰を阻む壁になっているのは皮肉なことだ
人見知りな人がぼくの壁になる
コミュニケーションに難がある人がぼくの壁になる
好きな人にだけしかうちとけない人がぼくの壁になる
ぼくの敵はぼくの弱さだ
もっとも手強いラスボスと言っていい
ぼくの弱さと戦うにはあまりに障壁が多すぎる

ぼくはよく考える
働こうと悩んでいるひきこもり生活者がみんなで集まって仕事をする
おたがい心に負担をかけないように協力しあって仕事をすることができたら
どんなにすばらしいことだろうかと
どれだけ多くの人が救われることかと
でもどうだろう
そんな関係はうまくはいかない
ぼくは最近そんな気がしている
同じ様な心を持っていても理解しあうことは難しいから



2012年6月18日月曜日

40歳を過ぎて


最近久々に宗教の勧誘をされた
エホバの証人と話をしたのだ
エホバの証人(商人ではない)キリスト教の宗派のひとつで
家を一軒一軒訪ねてまわりながら勧誘をする人たちだ
俗物のぼくにはかなりハードな営業活動だなくらいにしか思えない
夢中になれるものがあってうらやましいなとも思った

宗教はともかく
過度の対人恐怖で人間(信者)を信じることができない
そんなぼくは宗教では救われないだろうと思っていた
多くの宗教は信者同士のコミュニケーションが要求される
様々な集会に参加して人づきあいもしなくちゃいけない
そんなことはぼくにはとても無理だ
石コロを拾ってきて神様と名付けて祈っているほうがぼくには合っている
安あがりな自然崇拝だ
人工的なモノは信じられないが自然的なモノなら信じることができる

ぼくは20歳前後の頃
大学への通学途中の駅前や信号待ちで新興宗教の勧誘を何度も何度もされた
ぼくは当時やせていて青白い顔をした無気力な少年だった
童顔で暗い瞳をして気が弱そうにいつも下を向いて歩いていた
そんな少年は彼らの絶好のターゲットだったのだろう
ぼくに友達かのように話しかけてくる
あのなれなれしさ
ぼくに話しかけてくる人には何かしらの悪意があることをぼくは既に知っていた
ぼくを無抵抗な小動物とか田舎者だとか思ってバカにしていたのだろう
恥辱だ
どんなに警戒しても早足で歩いても近寄ってくる
見ず知らずの人に話しかけられる恐怖
怒りもこみあげてくる
無遠慮な人たち
ぼくの対人恐怖は悪化した
ぼくが大学時代にひきこもりになった原因のひとつだ
もう25年以上昔の話だ
ぼくは若かった

エホバの証人の話は不思議と悪い気はしなかった
「読んでください」と彼女達が置いていった読み物は普通におもしろかった
ぼくは世界史が好きなこともあり興味深く読めた
ぼくは年を取ったのだろう
弱くなったものだ
宗教に救いを求めたがる年になったのだろうか
40歳を過ぎて確かにぼくは弱くなった
弱くなったのだから自分に慎重でなければならない
これまでのぼくは嫌なことがあると会社を辞める選択をした
ぼくは辞め癖がついてしまっていた
でも嫌なことがあると死ぬという選択はしなかった
なんとか死なずに生きてきた
命はひとつだ
死に癖がついてしまったなんて言葉は無い
これからのぼくは嫌なことがあると死ぬという選択をしなかったように
会社を辞めるという選択もしないようにしなくちゃならない
会社を辞めるというスイッチボタンはいつの日かどこかに捨ててしまおう
もう若くないのだから


2012年6月17日日曜日

パート社員の主張


ぼくは健常者に見られる悲劇を長年ずっとくり返してきた
一見健常者に見えるひきこもりは苦労する
家庭では
子供に希望を捨てぬ親から怠け者だと追い立てられ
職場では
上司や先輩から大きな期待を受けるが裏切ってしまい捨てられる

「ぼくは社会不適応者です」
「対人恐怖症のひきこもりです」
こんなこと他人には言えないだろう
まして面接ではなおさらだ
他人に言えばこいつは狂人かと疑われてしまうかもしれない
言って理解してもらえるならどれだけ楽かと思う
ぼくは母に言ったことがあるが泣かれてしまった
でもまったく理解不能だったようだ
何を言っても信じてもらえないようでいまだにぼくは結婚しろと言われ続けている

どうしてだろう
ぼくは仕事が長続きしないダメ人間なのにそうは見えないのだろうか
パートで勤めた工場では
ぼくは必ず人が定着しないラインにまわされるのだ
なぜ人が定着しないラインなのか
これは十中八九人間関係に難があるラインだからだ

パートやアルバイトが互いに不仲であげ足の取り合いをしている
ベテランのパートやバイトリーダーが新人に理不尽なパワハラをする
社員がパートよりも仕事を知らないのでパートの態度が大きい
ぼくでも半日もそんなラインにいればここはハズレだと気づく
自分を守るためには辞めるしかない

ある工場を辞める時にぼくは総務から
「あなたは忍耐強く健康そうだからきついラインを任せた」と言われた
「同期入社のみんなは楽なラインだけれど君だけがきついラインだった」
先輩のパート社員に教えてもらった
迷惑な話だ
なぜぼくだけがえらい目に会い一番先に辞めなければならないのか
健常者に見られる悲劇
健常者に見られるというだけで職を失いお金が無い苦しみを味わう
不平等だ
ぼくは働くことは好きだし労働に関しては確かに忍耐強いところもある
しかしこれに厄介な人間関係がブレンドされると途端にぼくの忍耐弱さが露呈する
対人恐怖で豆腐のように脆い心が握りつぶされてしまうのだ

これからのぼくは人間関係で少しでも苦痛を感じたら総務や人事に
配置転換を相談してみようと思っている
いや相談ではなく熱烈な配置転換願いだ
たかがパート社員が配置転換願いなんてしていいものかと
ぼくは周囲に遠慮をして気を使っていたのはまちがいだった
自分を守るためには会社を辞めるしかないという考えは正しくなかった
本当に自分を守るためなら簡単に仕事を辞めてはいけないのだ
仕事を続けながら自分にとって最良の防衛策をさがすことが
自分を守るための正しい行為だ
ひどい人間関係で辞めるくらいなら総務や人事に言いたいことを言って
それでも願いが却下された後に辞めることを考えてもいい
パート社員だってアルバイト社員だって会社にいなくては困る人材だ
余計なことを言ってマイナス査定になったとしても
簡単には雇止めにはならないはずだ

ぼくはそう考えるようになった

2012年6月16日土曜日

働いているとき


パート社員として大手製造工場に勤めて
やっと1週間が過ぎた
今年になって5社目の就職だ

新しい仕事を初めてみた感想を書きたいのだが
特には何もない
ただただ新しい環境に慣れることで精一杯だった
工場の人ともほとんどしゃべらなかった
それどころか一緒に働いている人たちの名前さえ知らない
(ぼくは正常な人と比べて同僚の名前を憶えるのが遅い)
変人だとばれてしまったかもしれない
仕事を憶え
緊張しないで会話をできる人ができるまでには
長い時間が必要だろう
それまで気持ちが持つかなと少し悲嘆している

働いているとき
ぼくはいつも自分が自分でないような変な感じがしてしかたがない
本当のぼくは対人恐怖でいつも人の目を気にして暮らしてきた
人生の1/3がひきこもりで人との接触を回避し続けてきた
ぼくは友達も恋人も仲間もいない
ひきこもりは気が短い
自分の思い通りにならないとヒステリーやイジケを起こす
ぼくもそうだ
精神的にとても未熟で他人を許せない
ぼくは子供の頃はいじめや仲間外れにされて笑われてきた
精神病院の通院歴だってある
異物 社会不適応者
そして最悪なことにぼくは頭が良くないのだ
そんなぼくが
まるで健常者のような顔をして
健常者のふりをして働いている
灯りも点けない暗い部屋で1日中布団を被っているのがぼくにはお似合いなのにだ

社会に出て働くには本当の自分を隠さなければならない
社会人なら大なり小なりそういうところはある
大人はみんな2つ以上の顔を持っている

ぼくは本当の自分を隠して生きていけるだろうか
自分をどこまで装って生きていけるだろうか
もう後戻りはしたくない
中年おじさんに遅れてやってきた試練だ

2012年6月15日金曜日

仕事を辞める理由


ぼくは対人関係でつまずいて仕事を辞めることが多かった
どんなに残業が多くても日曜日に休めなくても
休憩時間がとれなくても安月給でも気にならなかった
ただただ人の目だけが恐怖で苦痛だったからだろう
ぼくはいそがしい仕事に追われているときのほうが落ち着くのだ
職場でのランチと休憩時間が苦痛であるぼくは
いつも9時間労働状態なのだ
本当に気が休まる時間が無い
いっそのこと
飲まず食わずで仕事終わりまで働かせてほしいものだ

ぼくのようにひきこもりループな人は
残業が多いとか休みが少ないことを理由に仕事を辞めるべきではない
苦痛の対象が人間である人は
少しくらい給料が安くても残業が多くても我慢できるはずだ
アルバイトやパートの仕事を辞めると(これは正社員でも同じことだが)
人間関係がリセットされる
また初めから見知らぬ他人に慣れなければならない
危険な冒険だ
無茶はしないほうがいい

ぼくは或る時から死んだように生きることに決めた
自殺できない臆病な人間だと確信できた時からだろう
死んだように生き続けようと開き直ったのだ
いくぶん気持ちが楽になった

あらゆる苦難や不幸な現実を受入れるために感情を失うことも決めた
これは変な考えかただが
大望や快楽を受入れようとしなければ
感情を失ったままでも生きていくことができる


感情の死
ぼくは冷淡な人だと思われがちだ
老人化しているとも言われる
無感情で人づきあいもしないのだから
冷淡で嫌な奴だと思われてもしかたがない

明日も死んだように生きよう
やっと仕事休みだ
ひとりでドライブにでも行こうか
外出する人が少ない雨天は大歓迎だ

2012年6月14日木曜日

ワーキングプア


今月の生活費が底をついてしまったので
クレジット会社からお金を借りた
働きだした仕事の初任給もあてにはできない
入金日は来月末だし
試用期間があるから賃金も安い
来月も苦しいことに変わりはない
ぼくはひきこもりからワーキングプアになっただけだ
ぼくは両親も養わなければならない
借りたお金の使途には両親の生活費や父親の自動車保険が入っている
ちゃんと返していけるか不安だ
自分を追いつめようと思ったことは一度も無い
自分の心に正直に生きてきたらこうなってしまった
ぼくは生きることに向いてないのだろう

因果応報
ぼくの父親は人づきあいが苦手な人だ
頑固なくせに気が弱く話が下手な人だ
親戚たちの集まりがあると父はひとりだけ浮いているように見えた
人付き合いを避けるように仕事してきた人だからお金は身につかなかったのだろう
父の末路は月4万円の年金生活者だ


親の因果が子に報い
親を恨む気持ちは無いがもう少し何とかならなかったものか
ぼくは「私たちが死んだらおまえは暮らしていけるの?」
と母親によく言われる
答えは簡単だ
自分で働いただけのお金が残る
ぼくは今よりも少しはまともな暮らしができる
蛙の子は蛙だ
こんなぼくのお金をあてにしないで欲しい
お金が湧いてくるとでも思っているのか

2012年6月13日水曜日

仕事しててもひきこもり


ぼくは今週から工場に勤めに出ているが
工場と自宅の往復で一日が終わる
職場で会話した相手は今日は2人だった
少ない
何も変わらないあいかわらずのひきこもりだ
仕事はしているけれど酷い精神状態だ
人は恐いし起きるのが辛い
仕事に向かう車の中で緊張して吐きそうになる
自宅に帰ってみると仕事中のことが思い出せない
過度の緊張で記憶が飛んでいるのだ

ぼくは怠けだ
部屋で寝ていたい

ひきこもりと一口に言っても様々な身分や立場がある
働いている人・親の介護をしている人・子持ちの主婦・定年退職者・大学生・・・
共通のキーワードは孤独だろうか
収入があるひきこもりと収入が無いひきこもりに大別される
収入が無い人の辛さは痛いほどよくわかる
働けない自分を恥じてさらにひきこもってしまう
状況はもっと悪化していく
収入が無くても人生を楽しく暮らしている人は幸せだ
そういう人はひきこもりにならない
うらやましい

殺風景なブログなので近いうちに画像をアップしたいと思っている
こんなブログにも閲覧に来てくれる人がいることはありがたい
感謝している
読みづらいしつまらない内容なのは許してほしい
自分勝手で独りよがりなのはひきこもりにありがちな性格だ
ぼくはただ書きたいことを書いているだけなのだ

2012年6月12日火曜日

嫌な癖

腰に手をやって肘を立てる
そんな肘(ひじ)を立てる癖のある人がいる
苦手な人が近くに居た時に腰に手をやり肘を立てる
立てた肘は苦手な人の方を向いている
自分のそばにいる人を避けようとする人間の無意識な防衛本能なのだろう
嫌いな人への無意識な警戒心だ
ぼくはこの動作を「肘除け(ひじよけ)」と名付けている
肘を立てて害を除けるという意味で名付けた
(おまえと話すのはごめんだ)
(おまえはキモいから俺に近づくな)
(おまえみたいな変な奴はここからいなくなれ)
そんな心の無言のサインだ

肘除けをされるのが嫌いだ
ぼくは職場を変えては人に出会ってはいつもこの肘除けをされてきた
最近では慣れたもので
肘除けをされた時にぼくは「はい肘除けをいただきました」と心で呟けるまでになった
それでも辛い
肘除けをする人にはぼくも心を閉じて話せなくなる

心理学など学んだことがないぼくごときが言うのもあれだが
肘除けをする癖のある人は臆病で社交的ではない人ばかりだ
仲が良い人への依存は強いが
そうでない人に対しては自分の周囲から排除しようとする
逆に肘除けをする癖のある人は臆病だとわかっていれば
心を開かせてうまく付き合える方法があるかもしれない
ぼくにはできないが

今週
新しい職場に勤めてぼくは早くも肘除けをされてしまった
気持ちは理解できる
得体の知れない変なおっさんが職場をウロウロしているのだ
肘を立てたくもなるだろう
立てた肘はぼくの方を向いている
またかよと思う
前途多難だ

ぼくはまた辞めたくなっている



2012年6月11日月曜日

酒が飲めない苦しみ


ぼくは酒が飲めない
コップ一杯のビールで顔が真っ赤になりやがて青くなる
激しい頭痛と息苦しさに襲われ体に赤い湿疹ができる
やがて寒気がして気が遠くなり必ず吐く
酒は猛毒だ
だからばくは酒の席が苦手だ
なにせ飲まない笑わない話さないの三重苦だ
酒を不味くするから飲める人たちも迷惑だろう
下戸の心上戸しらず
下戸の苦しみはいかばかりかだ

酒の薀蓄(うんちく)をひとつ
酒は体内でアルコールからアセトアルデヒドという物質に分解される
このアセトアルデヒドは毒で頭痛や吐き気をもたらす
酒に強い人はこのアセトアルデヒドを分解する強い酵素を体内に持っている
逆にまったく飲めない人はこのアセトアルデヒド分解酵素を持っていなかったりする
分解酵素の強弱は親の遺伝で決まる
両親が酒に弱ければ子供も酒に弱い
どんなに努力しても飲めない人は飲めないのだ
日本人の20人に1人はまったく酒が飲めない体質だそうだ

ぼくにとって飲み会や宴会は避けたい地獄の苦しみなのだ
養命酒で酒に強くなろうと努力したこともあったがダメだった
酒を飲めないことがぼくの人間関係を狭く惨めなものにしたと思う
ひきこもりになった原因のひとつと言える

ぼくの体験では河川敷などで行うバーベキュースタイルの飲み会は良い
調理したり川に入ったり野原に寝転んだり酒や会話から逃げられるきっかけが多いからだ
なるべく参加したほうがいいと思う
ぼくは軟式野球のグローブとボールを持って行って同僚の子供とずっとキャッチボールをしていた

飲み会はバーベキュー
こうしたイベントをしてくれる人たちがいる職場は良心的だ
どんなイベントをするかで
ぼくがその職場に定着するかすぐに辞めるかが決まる
まったく変な話ではあるが




2012年6月10日日曜日

明日から仕事


ぼくは友達や仲間がいない
子供のころからずっとそうだし現在進行形だ

大学時代の話
ぼくはいつもひとりで悩んでいたし何でもひとりで解決しようとした
ぼくは若かったから孤独で寂しかったけれど対人恐怖のほうが孤独感に勝っていた
人が恐いから信用できない
信用できないから頼ることができない
親以外の誰に対しても心を開くことはなかった
部屋にひきこもり一言も会話をしない日が何日も続いた
話しかけてくれるのはテレビだけだった
ぼくは同年代の人たちからとり残されていつの間にか無知な情報弱者になっていた
インターネットもスマフォも無い90年バブルの頃だ
外に出て人と会話しなければ情報を得ることは難しかった
だからぼくの大学時代の就活は悲惨だった

あの頃現在のインターネットがあれば
ぼくは孤独や無知で苦しむことは無かったろうにと思う
あらゆる情報を部屋の中で得ることができる
情報を得ると自己防衛力がアップする
無駄な行動をして無駄に傷つき疲れる機会も減っただろう


最近のぼくはインターネットに頼りすぎているように思う
悩みや不安や行き詰まりを感じたときにぼくはネットに心のより所を求めた
ネットでググることですべての解決策を探そうとしてきた
ネット依存だ

あらゆる情報をネットで得てきたのだがそれが何の役に立ったというのか
少しも人生が向上していないしあいかわらずのひきこもりだ
結局は社会と交わらなければ何も変わらないのだろう
情報力は上がったのに行動力がまったくついていっていないせいだ

例えばどんなにブラック企業の情報を得たとしても
外に出て働かなければ何の意味も無い
ぼくには必要ない知識だと思う
ひきこもりにとって働くことそのものが辛いことだ
ブラック企業以前の問題だ
就職することに逆に臆病になってしまっただけの様な気がする

困ったことにネガティブな人間にはネガティブな情報が頭に入りやすいのだ
ぼくは無駄に知識を磨き頭でっかちな中年になってしまったようだ
ネガティブな情報に惑わされたくない
屈折していない素直な心になりたい
快活でなくてもいいからポジティブでいたい
そのために
ぼくは今後インターネットに頼ることは控えたいと思う

明日から新しい職場だ
なるべく自分の目で見たこと体験したことだけを受入れていきたい
本当にたいへんなことだけど

2012年6月9日土曜日

若い人が苦手


1020代の若者が多い会社や工場は
まるで中学校の延長のような職場になりがちだ
アルバイトの延長と言ってもいい
中学校みたいなものだから当然職場内で
いじめや仲間外れや悪口の言い合いや
恋愛ごっこやじゃれあいやケンカがある
仕事が終わってもすぐに帰らないで仕事仲間とどこかに遊びに行ったりする
健康な若者なら当たり前なことなのかもしれない
まだ子供みたいなものだから寂しいのだろう
子供は寂しいから他人とコミュニケーションをとって仲良くなろうとする
子供だから感情も明るくストレートで力強くぬけめが無い
しかし子供は他人を敵か味方かの両極端でしか判断できない

ぼくは若いころ顔と年に似合わず老成化していた
おとなしくて感情を表に出せないぼくは彼らの敵になりやすい
何を考えているかわからない変な敵だ
職場で協調性がない人は迫害される
輪の中に居ない人は不審がられて注目されてしまう
若者なら尚更だ
帰りのロッカールームが恐くていつも視線におびえていた
仕事を円滑にするためのコミュニケーションなら我慢もできる
しかし彼らのやりかたは苦手だ
ぼくには彼らのコミュニケーションのとりかたはできない
ぼくが職場で居場所を無くす一番の理由がこれだった

今も1020代の若者が苦手だ
ぼくはいつも高齢者歓迎の求人を探している
これからも回避し続けるだろう